創業1900 明治33年

名張市桔梗が丘3-2-68-2
電話 0595-65-0416
代表者 細川 博通
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■ 取扱商品・サービス

 自転車・車いす・関連部品 主に日本製又は日本のメーカー品。
 修理は良い部品を使い、安い・早い・完全修理する を徹底しております。

■ 事業の沿革

店の外観

 当家は元禄年間に始祖を遡る旧家で、累代農業を営んできました。当家に残る明治33年頃の記録を見ると、先先々代の平兵衛が大阪や東京へ行き、竹細工製品や蚕の繭毛を販売していましたが、同時に古物商もしており、かなり高価なイギリス製の自転車に乗って、舶来の自転車や中古自転車の販売もしていたようです。これが当店の創業年になります。
 その後、先々代一雄が大正14年に米穀商(精米製粉加工農林省委託)兼酒類販売商を創業し、自転車商とともに多角的に経営を始めました。
 先代一郎は昭和16年に徴兵されましたが、戦後無事帰還して家業を継ぎ、同37年には名張市議会議員に当選しました。昭和44年に現在の桔梗が丘に自転車店を開業しましたが、同46年に他界。その後母が事業を続けました。
 昭和50年に私博通が名張市役所を退職し後を継ぎました。
平成3年には有限会社細川を立ち上げ、酒のディスカウント店を開始。共同経営者に事業を任せ、一時は盛況でしたが規制緩和に勝てず、同19年8月に法人を閉鎖し、酒類販売業は断念しました。
昭和55年に自転車組立整備士(現在は自転車技士)と安全整備士を取得し、平成8年に身体障害者福祉法(現在は障がい者自立支援法)による補装具(車いす)の交付・修理を名張市及び伊賀市と契約し、自転車と車いすの専門店として現在に至っております。

先々代の頃の「車載用ランプ」を手に持つ細川さん

■ 経営理念・特色

 「店はお客様のためにある」
 「お客様がトクになるのが最優先」を理念に仕事に励んでおります。

■ 人の命を乗せて走るものだから

 Q 4代目にあたる博通さん(67)は、21歳の若さで家業を継がれたそうですね。
 A 私が高校2年だった1971(昭和46)年に先代の父、一郎が亡くなりました。その2年前に、それまでの事業拠点だった東田原から現在の桔梗が丘3番町に移り、自転車店を開業したばかりで、父は道半ばだったと思います。
 父の遺志を継ごうと、私は75(昭和50)年に3年間務めた名張市役所を退職しました。当時、地域の皆さんの移動手段は自転車からバイクや自動車が中心になっていましたが、最近は免許返上でまた自転車に戻る傾向があります。

テニスのラケットを入れる専用キャリアが付いているナショナル製(当時)の自転車は希少品で、「売り物ではない」そうだ。

 Q 継承されて5年後に、自転車組立整備士、安全整備士の資格を取得されましたが、仕事をする上での考え方を教えてください。
 A 小さいころからずっと祖父や父が自転車の組立てや修理をする姿を見ており、自転車の修理もひと通りできる状態でしたが、その道のプロとしての技術と知識を持つ必要がありました。
 最近はネット通販や海外製の廉価車を扱う店舗が多くなっています。当店は当面、国内の有力メーカーの自転車を中心に取り扱い、中古品は一切販売していません。自動車のように走行メーターが付いているわけではないので、中古品はどれだけの距離を乗ったのかは分からない。電動自転車もバッテリーやモーターの寿命や電子基板の性能に問題があれば、それは店の信用にも関わりますから。
 自転車はやっぱり人の命を乗せて走るものなので、当店としてはしっかりとした商品を売ること、確実な技術で修理することを創業当初からのモットーにしています。もちろんどこでお買い上げの自転車も、喜んで修理しております。

 Q 介護施設などの車いすの修理の認定店でもありますね。
 A 現在、名張市と伊賀市から補装具(車いす)の交付及び修理の委託を受けており、施設などの利用者さんの車いす修理を請け負っています。利用者さんにとって車いすは自分の足も同然で、それが無かったら動きが取れません。「一刻も早く直してほしい」との声に応えています。

良い部品を使い、早く安く確実に修理することに徹している

 Q 仕事のやりがいは?
 A 自転車好きだった高校生が10年ほど経ってひょっこり店に立ち寄り「この店、まだやっていて良かった」と喜んでくれたり、親から子どもへ世代が変わってもご贔屓(ひいき)にしてくれるお客さまがいるのはうれしく、やりがいを感じます。

 Q 店の後継については?
 A 私の息子は現在、別の仕事をしていますが、車いすの整備の免許を持っており、その方面だけは引き継げるので安心しています。将来、店を継ぐかどうかは分からないし、しばらく様子を見てみたいと思います。

 

店内にある看板